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ハリマ風土記(試論)・④

Photo                               ●≪夕焼け/シロトピアにて≫ 水彩・色鉛筆、紙

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*飾磨

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「飾磨(餝磨)(しかま)」とは、
播磨国にあった12の郡のうちの一つ。
現在の姫路市を中心とする風土(地域)にあたる― 。

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◆因達の里
『播磨国風土記』によると飾磨郡には、
「漢部・管生・麻跡・英賀・伊和・賀野・韓室・
巨智・安相・牧野・大野・少川・英保・美濃・因達・安師」の
16もの里が存在していた。

郡内には朝廷の直轄領である餝磨屯倉(みやけ)や
播磨国府・国分寺などが存在し、
飾磨は古代より播磨国の一大中心地であった。
 

播磨国府は、現在の姫路市総社本町にある
射楯兵主(
いたてのひょうす)神社(播磨国総社)を中心とする
本町遺跡が比定地とされている。

射楯兵主神社には、射楯(いたて)大神と
兵主(
ひょうす)大神が祭神として祀られている。

『播磨国風土記』飾磨郡因達(いだて)里条では、
射楯大神は伊太代神(
いたてのかみ)と記される。

息長帯比売命(
おきながたらし・ひめのみこと
(神功皇后)が朝鮮出兵の際、
船前に立ち先導役を担ったのが伊太代神で、
この神名にちなみ因達の里名が付けられたとする。

更に、同郡・伊和里条では、大汝命(おおなむち
(大国主の別名)が気性の荒い息子の
火明命(
ほあかりのみこと)を憂い、
「遁れ棄てむ」と船で因達神山(
いだてのかみやま)に到る。

事の次第を知り怒り狂った火明命は、
風波を起こし父神を乗せた船を打ち壊してしまう。

その際に砕け散ったさまざまな積荷の品名が、
「蚕子(
ひめこ)」の「日女道丘(ひめじおか)」など、
市内に点在する14丘の地名起源となったと語られる。

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Photo ●≪八丈岩山(因達神山)≫

◆飾磨港津
因達神山は、現在の姫路市新在家本町にある
八丈岩山(
はちじょうがんざん)(標高173メートル)とされる。

山頂に露出する岩山は、約2億年前に
放散虫などの遺骸が海底に堆積して出来た
チャート岩石である。

ここから南方を望むと、市街地の遠く向こうには
播磨灘が広がる。 


古代の海岸線は、現在より内陸に
深く湾入していたと考えられている。                                    

先の地名起源説話から推測される
因達神山南麓一帯に拡がる当時の景観とは、
飾磨屯倉に付置された飾磨港津を中枢施設として、
多様な貢納物と
人材を乗せた船が行き来する、
古代港湾都市の姿である。
                              
                     


飾磨は、海上のみならず都と大宰府を繋ぐ
陸上交通の要衝地でもあった。
同郡・巨智(
おち)里には「山陽道」の駅家も存在した。

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(2012/04/29)

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